とつとつとしてろうとせず

ひまつぶしにどうぞ。

空気

空気はなくてはならないものだ。空気は声を届けるからだ。心の震えが喉に伝わり、喉の震えを空気が運び、まだ見ぬ供の鼓膜を揺らす。空気がなければ、誰にも声など届かない。どれだけ喉を嗄らしても、どんなに力を込めたとしても、馬の耳さえそよともしない…

塵積もる

賢しい人は十五も数えぬ内から賢しい。愚かな人は五十路を過ぎても愚かなままだ。積み重ねた時は、そのまま素直に高さを上げるわけでも、重みを増やすわけでもない。血と熱と力の伴わない履歴の経路に、蓄積される質量の嵩は知れている。無為に流した時空に…

寄与の有無

通念に反し、哲学と概念工学が等しいものでないことは明らかである。しかし、哲学が概念を用いて行われる営みであるならば、概念工学の理論ないし成果を取り入れることはありうることであるし、それによって従来の帰結や了解が少なからぬ変更を被ることもま…

溜息

無神論者が必ずしも不敬虔でないことはスピノザが見事に論証しまた自ら体現した。逆にいかなる有神論者も不義暴虐をなしうることは昨今の世情と過去数千年の歴史がまざまざと物語っている。無神論者の犯罪者は当然存在するし、無神論者の慈善家も当然存在す…

寂静

どんなに耳を澄ましても、あなたの声は聞こえない。どれほど両目を凝らしても、あなたの顔は見つからない。ガラガラとうるさい街の喧騒に、ギラギラとどぎつい電飾の点滅に、あなたは何も残さない、何も謳わない。望みもしない宣伝ばかりがどよどよと押し寄…

燠火のごとく消えぬもの

輝く呼び声が薄れ遠のき、禊(みそぎ)のみなもとの水涸(みずが)れた今となっても、人の心を戒め、揺動惑乱を生ぜしめる畏れは未だに心臓を走っている。蓋(けだ)しそれはすでに朽ち落ちた古の似姿を象(かたど)り、朧な影となった威力を鮮やかに縁(ふ…

自然化されえない領域

いかなる哲学も自然化されるべきである、とまではさすがの自然主義賛同者たる俺でもいえない。少なくとも独我論、すなわち純粋な実在論の領域は、いつまでも自然化されえない領域として残るであろう。なぜならそこは科学が成立する前の「手付かずの世界」で…

涸れた心根

濡れそぼったような情緒、あるいは永遠不変なる人類の普遍的価値観とやらを、全く意に介さない乾いた精神が存在すると俺は信じる。育ちのよいお嬢様、すなわち件の思想にどっぷりと浸されて育まれた魂が、涙ながらに声を嗄らし、鼻水垂らしてその翻意を説得…

髪の長いの短いの

髪の長いと毛先が曲がる、はねる、逆立つ、くるくる回る。目ん玉擦るしすだれも邪魔で、洗うも拭くも一苦労。手櫛じゃどうにもまとまりつかず、壁や隙間に挟まり抜けて、悲しい痛みが乗っかかる。 短い髪なら手入れもいらず、洗う手間なぞないも同然、濡れて…

訪うもの

その声は、次第次第に大きくなり、厚みを増しては家の周りにとぐろを巻く。最初は薄靄のようだったのが、段々段々と形を得て、なんとはなしに姿の見えるようになる。細かったそれは太くなり、軽かったそれは重くなり、触れもしなかった遠くの陽炎から、じり…

銅(あかがね)の翼は射殺された。輝く無数の石火矢が狙い違わず撃ち抜いたのだ。鏑(かぶら)を吹き鳴らし、螺旋を描いて墜落する巨体を、連なる峰々はこぞって串刺しにした。清らかな鮮血が天地(あめつち)の間を立ち渡り、健やかな断末魔がわだかまる安…

孤児

お父さんがいないなんてかわいそうね、と親戚のおばさんがつらそうにいった。お母さんがいなくてさみしいだろうに、と近所のおじさんは悲しげだった。気をしっかり持つんだ、と学校の先生は励ましてくれた。みっちゃんとりょうくんは何もいわずに、大事にし…

空白

私を縛り付けるものは脆く崩れる灰の縄、私を鞭打つものは虫に喰われた朽木の欠片。私の両目を覆う薄布には穴が空き、私に宛われた耳当てはひどく風通しがよい。私を怒鳴りつける男は死にかけの老人で、私を見張るはずの男は高鼾をかいて眠りこけている。私…

哲学的、文学的、衒学的!

優れて哲学的な物語が優れて文学的であるとは限らないし、逆もまたそうである。しかし、優れて哲学的な物語は表面上明晰判明であろうし、優れて文学的な物語もまたそうであろう。「哲学的」とは表現や文章が難解で晦渋であることを意味しないし、「文学的」…

害益の有無よりも

「宗教は有害で暴力的でろくでもないからなくしてしまおうぜ」という主張と、「いやいや宗教にも価値があるし色んなところで役に立つから残しておいた方がいいよ」という反論は、「宗教は有益か否か」という同じ問いに対する異なる立場の是非だ。しかし、こ…

つまらないものたちの台頭

何かをおもしろい、あるいはつまらないと感じるときの基準は千差万別、人それぞれであるとよくいわれる。確かに人の好みは本当に多種多様で、ある人にとって好きで好きでたまらないものが、別の人にとっては全く興味の持てないつまらないものにしか思えない…

機嫌の悪い日は生理、という物言いの根本

肋を開かれて正気でいられる人間もそうそういない。己が太っ腹をかっさばけばピンクのはらわたがのたくっていることに気づくことの方が少ない。糞袋の畜生でしかないヒトは、普段は自分を「人間」だと思い込んでいる。しかし、人間でいられる時間、人間であ…

乾いた恭順

道徳に従うべきであることの根拠とされる事由がことごとく無化されてしまったのだとしても、われわれは道徳に従うしかないという理由だけで道徳に従うしかないのではないか。道徳を守るべき積極的な理由のすべてが骨抜きにされてしまっても、頼りない消極的…

文法的一致

超越者の超自然的介入に奇跡と神秘を見るキリスト教的自然観ではなく、かくある世界のありのままの在り様そのものに奇跡と神秘を感じるスピノザ的自然観こそ現代に必要な視点であろう。このような感覚はその実キリスト教徒でも持ち合わせている。つまり、す…

新しいフィクション

公衆道徳を担保し機能させるためのフィクションとしての宗教は、社会における重要性と多大な有益さを持つことがほとんど誰にも明らかであるにも関わらず、そのあからさまな虚構によって自らの有効性を損なっている。われわれは、社会にとって道徳が必要であ…

争点

宗教が真理を語っているどうかが宗教紛争の引き金となりうる論戦の主たる争点ではないのだとすれば、宗教にまつわる諸々の争い事は地上から消え失せてしまうのではないか? 事実そうなっていないのだということがその最も確かな反証であるように思われる。宗…

不死の呪い

閉じた瞼はこじ開けて、眼窩の縁に縫い付ける。 冷えた躯は晒しでくるみ、湯釜の中に放り込む。 絶えた鼓動は肋を開き、電池につないで動かそう。 垂れた手足は添え木にくくり、吊るした糸で操ろう。 さぁ、息を吹き返せ! 何も失われてはいないのだと胸を張…

創り出すことと諦めること

仮に、全く疑いようがない程にはっきりと、自分が希望する状態の実現が不可能であることが明らかになったとする。そのような場合でも、さらにその不可能性を疑うことはできる。その疑い方には二通りある。一つは、これ以上ない程に明らかなその事実から導か…

暗号と暗喩

暗号と暗喩の違いとは何か。それは主張の伝達の意図に関する違いである。 暗号は限られた相手に対してのみ伝達されることを意図している。暗号通信の目的は、通信内容を第三者から傍受されず、暗号鍵を持った特定の受信者にのみ復号可能なものとして伝送する…

白衣がプラカードを持つべき理由

それが科学か科学でないかが問題なのではなく、科学的な手法と判断基準によって検証されているかどうかが重要だ、という主張があったとする。これは、科学的な手法と判断基準に従って検証を行うことが「よい」ことである、という主張を含んでいる。さて、こ…

隠喩

宗教用語はすべからく隠喩であるらしい。それが意味を持つのは、そのことばが通常の使用を否定する形で運用される場合に限られる、のだそうだ。そうであるなら、宗教に関する懇切丁寧な説明とは、その隠喩の解説であろう。すなわち、その説明は当該宗教に由…

肥満

お前はもっと太るべきなのではないのか? なぜそこまで誇らしげに、骨と皮ばかりの貧相な体を見せびらかしているのか。不器用なステップをどんどかと踏み、心を外してクルクルと回るその様は、まるきり糸繰り人形だ。風に吹かれて路傍を転がる棒切れみたいに…

目的としての宗教

西田幾多郎がいうように、宗教というものが手段ではなく目的であるのなら、宗教は精神安定剤ではありえない。精神の安定と宗教の遂行が同義でない限り。しかし、それは幸福へと至る方法論なのではなかったか。否、幸福の実現と宗教の遂行が同義でない限り。…

世界の壁は超えられない。なぜなら壁など存在しないから。宇宙は無限の陥穽だ。穴の奥にはまた穴がある。どこまででもいける代わりに、その向こう側には決していけない。向こう側などないからだ。真空を掘り尽くすことはできない。土と真空は別物であり、比…

仮設されたシンボル

仏教徒にとって、ガウタマ・シッダールタが歴史上実在していたかどうかはどうでもいい話である。少なくとも、その生涯を伝えるとされる記録は、明らかに仏教という思想を解説するための単なる寓話であり、史実を精確克明に記した考古学的資料ではないことは…

悟り薬

釈尊は精神的ドーピングを認めるか? これを飲めばたちまち寂滅、四苦八苦が消え失せ、揺るぎない安楽を得る妙薬があると知れば、仏陀はその丸薬錠剤を何とするか。沙門はそれを拒むであろう。自助努力によらない外的要因によって得られた覚悟に価値はないと…

宙吊り

何を拠り所にすればよいのか? 拠り所にすべき何ものも存在しないという事実を、何ものも拠り所にすべきではないという教えを。唯一で、動かし難く、誰の目から見ても明らかな、すべての人間を従わせることのできる法は実在しない。そのことに絶望すべきでは…

道徳の統一

道徳は世界宗教たりうるか。道徳規範は存在論によって構成される。しかし、存在論は科学によっても宗教によっても構成されうる。科学的存在論に基づく道徳規範は、もしかしたら世界の標準になることができるかもしれないが、宗教に基づくそれは、八百万の神…

絶望の受容

魂を桎梏に繋ぎ止めるための教え、獅子を猫に変え、狼に犬を産ませ、鷹の翼を引き千切り、蛇に足を付け加える教えは要らない。それは夜泣きを止めない赤子を囂しいと縊る老人の行いである。恐れと畏れを取り違えた耄碌の頭には余生を静穏に過ごす目算しか残…

属人主義の排斥

ある思想の価値を吟味するにあたって、誰がそれを主張したのかといったことは重要な論点ではない。思想の妥当性はその内容によってのみ判断されるべきであって、その作業に権威主義を持ち込むのは間違っている。釈尊がそれをいったのか、キリストがそれをい…

わたし、離魂します!

釈尊は霊魂の存在に対して「無記」の態度を取った。すなわち、霊魂が存在するかどうかについて肯定的な意見も否定的な意見もあえて述べない、と表明した。このことの揚げ足を取って、「お釈迦さまは霊魂があるともないともいわなかったそうだが、その実霊魂…

本当にいるかどうかはこの際どうでもいい

神から離れて生きるべきだという思想(離神論)において、その実在性は本質的な問題ではない(また、実在性ということばにどれだけの意味や重要性が込められているかということも関係ない)。それはかくのごとく記述される神という存在が仮にいたとすれば、…

幸せの形

宗教に帰依するとは、その宗教が規定する幸福の観念を受け入れるということだ。つまり、その宗教の価値基準を肯定し、それに従って物事の判断をすると宣誓することである。宗教の選択とは、幸せの形を選び取ることに他ならない。だからこそ、俺はいかなる宗…

礎を異にするものが折り重なってある

宗教と道徳は独立している。邪教の存在がその証左である。つまり、道徳的でない宗教の存在は、道徳的であることが宗教的であることと同義ではないということを意味している。邪教徒は自らの行いが道徳的でないことを自覚すらしているだろう。それでも、その…

代わりになるもの

宗教が共同体の紐帯となり、道徳の教師となり、熱情と信念の拠り所となることを期待している人々は、結局のところ、共同体の紐帯が、道徳の教師が、熱情と信念の拠り所が欲しいのであって、それらが労せずして手に入るのであれば、必ずしも宗教そのものを必…

思想の根拠としての宗教選択

自らの思想を正当化し、その後ろ盾とするためだけに、特定の宗教を礼賛し、その庇護を求めることに、何か特別な意味はあるのだろうか。彼はその宗教の存在とは独立に、自らの価値観を把握し、その思想を正しいものだと信じている。それでは不十分なのか? そ…

信じるものを選ぶ

思想と信仰が原理的に選択可能なものである以上、そこに絶対はなく、また真理もない。絶対の真理とは、その内実に関わらず、選択不可能なものだからである。それは必然的に同定されるものであって、個人の嗜好や性状によって信頼されたり打ち捨てられたりす…

凍える夜に巨大な銀河が垂れ下がっていた。空から滲み出した冷気が風に撒かれ、森の中を歩く子どもを打ち据える。木々のざわめきが辺りに木霊して、角笛のような唸り声が後ろの暗がりへと通り過ぎていった。子どもは、ぶるりと震えて自分を抱いた。ガチガチ…

マッチポンプ

そのように信じた方が心が穏やかになる。そのように考えれば気持ちが楽になる。そのように思えば苦しみから解き放たれ、安らぎの中で憩うことができる――ということをあらかじめ知り尽くした上で、そのように信じ、考え、思うことはよいことか? 自分にとって…

人間至上主義

人間至上主義者は何も、人間が素晴しく理想的な存在だといっているわけではない。別に人間は優れた存在者ではないし、高みに上れる可能性を秘めているわけでもない。いつまでも地べたを這いずり回って泥を舐めながら惨めに落ちぶれていく未来だって十分あり…

中道

人間の行いに絶望することは間違っている。同時に、人間の行いに希望を抱くことも間違っている。すべての人間が種として理想を体現できるというのは妄想である。しかし、理想を実現する人間が一人もいないというのは無根拠な断定である。ペシミストとオプテ…

骨を焼く青い光、肉を溶かす白い稲妻

明晰であること、確実であること、疑いなく揺るぎようのないものであることのみを理由に、経験的に検証不可能な論拠に基づくある種の断定的な思想を、自身の行動の指針に採用することはひどく危険な選択である。その思想は単純で、解釈が容易であり、一見し…

二重基準の除去

宗教家は科学で知りうることの限界が存在することを念頭に「人間の能力では知りえない超越的な領域について科学は無力だ」ということがある。それについてはまったくもってその通りだと思うのだが、そう主張したはずの人間が舌の根も乾かぬうちに「その領域…

基準の統一

身体の調子が悪いと自覚している人が、その原因を「悪霊に呪われているせいだ」と信じ込んでいるとしたら、大抵の人間はそれを間違った信念だと考えるだろう。しかし不思議なことに、何かいいことがあった人が、その原因を「神さまのおかげ」だと信じ込んで…

水面を叩く狢

お前の頭はおかしい、お前は間違っている、お前には理性がない、お前のふるまいは非常識だ、お前は野蛮な獣と同じ程度の生き物だ、お前は――青筋を立て、拳を振りかざし、あらん限りの叫び声でもって口汚く罪人を罵る彼らは、自分のその姿がどのように他人の…