とつとつとしてろうとせず

ひまつぶしにどうぞ。

歪んだ光

誉れの笛は高々と、旅立つ人に歓呼を歌う。栄えの鼓は勇ましく、還らぬ人の背中を送る。 目のあるものはそれを見ない。耳あるものはそれを聞かない。賢人ばかりがそれを知らず、幾人ばかりの愚者だけが、物欲しそうに往来に立ちすくむ。 選ばれて、外されて…

名詩

名詩というは何よりも、鋭利な刃でなければならない。見るものの心臓を貫き、聞くものの脳髄を切り裂くものでなければならない。研ぎ澄まされた詩人の心が波紋をぎらりと光らせるのでないなら、どうしてその名を衆人の目に刻むことができようか。 名詩という…

空気

空気はなくてはならないものだ。空気は声を届けるからだ。心の震えが喉に伝わり、喉の震えを空気が運び、まだ見ぬ供の鼓膜を揺らす。空気がなければ、誰にも声など届かない。どれだけ喉を嗄らしても、どんなに力を込めたとしても、馬の耳さえそよともしない…

塵積もる

賢しい人は十五も数えぬ内から賢しい。愚かな人は五十路を過ぎても愚かなままだ。積み重ねた時は、そのまま素直に高さを上げるわけでも、重みを増やすわけでもない。血と熱と力の伴わない履歴の経路に、蓄積される質量の嵩は知れている。無為に流した時空に…

寄与の有無

通念に反し、哲学と概念工学が等しいものでないことは明らかである。しかし、哲学が概念を用いて行われる営みであるならば、概念工学の理論ないし成果を取り入れることはありうることであるし、それによって従来の帰結や了解が少なからぬ変更を被ることもま…

溜息

無神論者が必ずしも不敬虔でないことはスピノザが見事に論証しまた自ら体現した。逆にいかなる有神論者も不義暴虐をなしうることは昨今の世情と過去数千年の歴史がまざまざと物語っている。無神論者の犯罪者は当然存在するし、無神論者の慈善家も当然存在す…

寂静

どんなに耳を澄ましても、あなたの声は聞こえない。どれほど両目を凝らしても、あなたの顔は見つからない。ガラガラとうるさい街の喧騒に、ギラギラとどぎつい電飾の点滅に、あなたは何も残さない、何も謳わない。望みもしない宣伝ばかりがどよどよと押し寄…

燠火のごとく消えぬもの

輝く呼び声が薄れ遠のき、禊(みそぎ)のみなもとの水涸(みずが)れた今となっても、人の心を戒め、揺動惑乱を生ぜしめる畏れは未だに心臓を走っている。蓋(けだ)しそれはすでに朽ち落ちた古の似姿を象(かたど)り、朧な影となった威力を鮮やかに縁(ふ…

自然化されえない領域

いかなる哲学も自然化されるべきである、とまではさすがの自然主義賛同者たる俺でもいえない。少なくとも独我論、すなわち純粋な実在論の領域は、いつまでも自然化されえない領域として残るであろう。なぜならそこは科学が成立する前の「手付かずの世界」で…

涸れた心根

濡れそぼったような情緒、あるいは永遠不変なる人類の普遍的価値観とやらを、全く意に介さない乾いた精神が存在すると俺は信じる。育ちのよいお嬢様、すなわち件の思想にどっぷりと浸されて育まれた魂が、涙ながらに声を嗄らし、鼻水垂らしてその翻意を説得…

髪の長いの短いの

髪の長いと毛先が曲がる、はねる、逆立つ、くるくる回る。目ん玉擦るしすだれも邪魔で、洗うも拭くも一苦労。手櫛じゃどうにもまとまりつかず、壁や隙間に挟まり抜けて、悲しい痛みが乗っかかる。 短い髪なら手入れもいらず、洗う手間なぞないも同然、濡れて…

訪うもの

その声は、次第次第に大きくなり、厚みを増しては家の周りにとぐろを巻く。最初は薄靄のようだったのが、段々段々と形を得て、なんとはなしに姿の見えるようになる。細かったそれは太くなり、軽かったそれは重くなり、触れもしなかった遠くの陽炎から、じり…

銅(あかがね)の翼は射殺(いころ)された。輝く無数の石火矢が狙い違わず撃ち抜いたのだ。鏑(かぶら)を吹き鳴らし、螺旋を描いて墜落する巨体を、連なる峰々はこぞって串刺しにした。清らかな鮮血が天地(あめつち)の間を立ち渡り、健やかな断末魔がわ…

孤児

お父さんがいないなんてかわいそうね、と親戚のおばさんがつらそうにいった。お母さんがいなくてさみしいだろうに、と近所のおじさんは悲しげだった。気をしっかり持つんだ、と学校の先生は励ましてくれた。みっちゃんとりょうくんは何もいわずに、大事にし…

空白

私を縛り付けるものは脆く崩れる灰の縄、私を鞭打つものは虫に喰われた朽木の欠片。私の両目を覆う薄布には穴が空き、私に宛われた耳当てはひどく風通しがよい。私を怒鳴りつける男は死にかけの老人で、私を見張るはずの男は高鼾をかいて眠りこけている。私…

哲学的、文学的、衒学的!

優れて哲学的な物語が優れて文学的であるとは限らないし、逆もまたそうである。しかし、優れて哲学的な物語は表面上明晰判明であろうし、優れて文学的な物語もまたそうであろう。「哲学的」とは表現や文章が難解で晦渋であることを意味しないし、「文学的」…

害益の有無よりも

「宗教は有害で暴力的でろくでもないからなくしてしまおうぜ」という主張と、「いやいや宗教にも価値があるし色んなところで役に立つから残しておいた方がいいよ」という反論は、「宗教は有益か否か」という同じ問いに対する異なる立場の是非だ。しかし、こ…

つまらないものたちの台頭

何かをおもしろい、あるいはつまらないと感じるときの基準は千差万別、人それぞれであるとよくいわれる。確かに人の好みは本当に多種多様で、ある人にとって好きで好きでたまらないものが、別の人にとっては全く興味の持てないつまらないものにしか思えない…

機嫌の悪い日は生理、という物言いの根本

肋を開かれて正気でいられる人間もそうそういない。己が太っ腹をかっさばけばピンクのはらわたがのたくっていることに気づくことの方が少ない。糞袋の畜生でしかないヒトは、普段は自分を「人間」だと思い込んでいる。しかし、人間でいられる時間、人間であ…

乾いた恭順

道徳に従うべきであることの根拠とされる事由がことごとく無化されてしまったのだとしても、われわれは道徳に従うしかないという理由だけで道徳に従うしかないのではないか。道徳を守るべき積極的な理由のすべてが骨抜きにされてしまっても、頼りない消極的…

文法的一致

超越者の超自然的介入に奇跡と神秘を見るキリスト教的自然観ではなく、かくある世界のありのままの在り様そのものに奇跡と神秘を感じるスピノザ的自然観こそ現代に必要な視点であろう。このような感覚はその実キリスト教徒でも持ち合わせている。つまり、す…

新しいフィクション

公衆道徳を担保し機能させるためのフィクションとしての宗教は、社会における重要性と多大な有益さを持つことがほとんど誰にも明らかであるにも関わらず、そのあからさまな虚構によって自らの有効性を損なっている。われわれは、社会にとって道徳が必要であ…

争点

宗教が真理を語っているどうかが宗教紛争の引き金となりうる論戦の主たる争点ではないのだとすれば、宗教にまつわる諸々の争い事は地上から消え失せてしまうのではないか? 事実そうなっていないのだということがその最も確かな反証であるように思われる。宗…

不死の呪い

閉じた瞼はこじ開けて、眼窩の縁に縫い付ける。 冷えた躯は晒しでくるみ、湯釜の中に放り込む。 絶えた鼓動は肋を開き、電池につないで動かそう。 垂れた手足は添え木にくくり、吊るした糸で操ろう。 さぁ、息を吹き返せ! 何も失われてはいないのだと胸を張…

創り出すことと諦めること

仮に、全く疑いようがない程にはっきりと、自分が希望する状態の実現が不可能であることが明らかになったとする。そのような場合でも、さらにその不可能性を疑うことはできる。その疑い方には二通りある。一つは、これ以上ない程に明らかなその事実から導か…

暗号と暗喩

暗号と暗喩の違いとは何か。それは主張の伝達の意図に関する違いである。 暗号は限られた相手に対してのみ伝達されることを意図している。暗号通信の目的は、通信内容を第三者から傍受されず、暗号鍵を持った特定の受信者にのみ復号可能なものとして伝送する…

白衣がプラカードを持つべき理由

それが科学か科学でないかが問題なのではなく、科学的な手法と判断基準によって検証されているかどうかが重要だ、という主張があったとする。これは、科学的な手法と判断基準に従って検証を行うことが「よい」ことである、という主張を含んでいる。さて、こ…

隠喩

宗教用語はすべからく隠喩であるらしい。それが意味を持つのは、そのことばが通常の使用を否定する形で運用される場合に限られる、のだそうだ。そうであるなら、宗教に関する懇切丁寧な説明とは、その隠喩の解説であろう。すなわち、その説明は当該宗教に由…

肥満

お前はもっと太るべきなのではないのか? なぜそこまで誇らしげに、骨と皮ばかりの貧相な体を見せびらかしているのか。不器用なステップをどんどかと踏み、心を外してクルクルと回るその様は、まるきり糸繰り人形だ。風に吹かれて路傍を転がる棒切れみたいに…

目的としての宗教

西田幾多郎がいうように、宗教というものが手段ではなく目的であるのなら、宗教は精神安定剤ではありえない。精神の安定と宗教の遂行が同義でない限り。しかし、それは幸福へと至る方法論なのではなかったか。否、幸福の実現と宗教の遂行が同義でない限り。…