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とつとつとしてろうとせず

ひまつぶしにどうぞ。

孤独死の義務

俺は俺の思想の唯一人の信奉者にならなければならないのではないだろうか。俺は思想的に孤立し、独立していなければならないように思われる。それは思想の内容が独自のものでなければならないというのではない。俺の思想は複数の主義主張のパッチワークであってよい。俺の思想を分類するとき、その内容が他の誰かのものと類似していることは問題ない。しかし、そのどこかで見たような思想を他人と共有し、互いに共感し、同じ目的に向かって志を同じくすることは避けなければならない。同一の結論に向けて行動するのであっても、手を取り合い、足並みを揃え、結集し、共闘してはいけない。俺は俺の思想を説明し、理解を得る努力を怠るべきではないが、その結果目指すものとは、周囲の配慮によって敬遠されることであるべきなのだ。俺は俺の思想に影響力がないことを喜ばなければならない。誰も動かさず、誰も振り向かせないことを俺の思想の美徳に数え、誰一人として後ろについてくる者がないよう注意を払わなければならない。思想的な孤独死は義務ですらある。それはおそらく道徳的な義務である。集合を未然に防ぎ、結束を無用のものとすることが、不和の防止に対する手段の一つであると俺は信じている(あるいはこれはまた倫理的な理由から要請されるのかもしれない。俺はそうすることがよりよいことであると、特段の根拠もなく自然に考えているのかもしれない)。