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とつとつとしてろうとせず

ひまつぶしにどうぞ。

癌にはなれない

「地球にとって人間は癌細胞」だとか「地球に優しい」とかいう表現があるが、これには語弊があるように思う。地球というのは単なる惑星の名前に過ぎないもので、あたかもそれが価値判断を担う何らかの主体であるかのように擬人化するのは誤解を招くだろう。あえて擬人化するなら「地球上に生息する生命体」と言い換えてほしい(少なくともそれなら理解の余地がある)。まるで地球そのものに意思があるかのようなガイア理論的おファンタジーな言葉遣いは、それこそ生真面目にガイア理論について議論するときに限定して使うべきものだと思う。地球の価値観というのは単なる幻想だ。そんなものは存在しないか、あったとしても決して人間には推し量ることのできない何かに違いない。人間は地球にとっての癌細胞などではない。これは事実を否定しているのではなく、概念の適用を間違っているといっているのだ(元が単なる比喩なのだから気にするなというかもしれないが、ならばその比喩はまったく的を外している)。
俺がいいたいのは、環境問題というのは徹頭徹尾「人間にとって」の問題なのであって、「地球にとって」の問題ではないということだ。ゴミをリサイクルをするのも油を川に流さないようにするのも地球に優しくしているのではなくて回り回って人に優しいからそうしているのだ。なぜこんなことを気にしているかといえば、この部分を履き違えたままだと人間にとって最良の判断を見失ってしまうかもしれないと危惧するからである。表面上、地球にとって最良の決断が人間にとってのそれと一致するような場合があったとしても、環境問題に対する行動の選択は人間にとっての最良の判断がたまたま地球にとってのそれと一致したに過ぎないという視点の下で行われるべきものなのである。