とつとつとしてろうとせず

ひまつぶしにどうぞ。

海辺

とても物静かな人がいて、すごく頭もよくて落ち着いてる。この人は浜辺の波の届かない場所に腰を下ろして、何もいわずに遠くにかすむ地平線をじっと眺めて動かない。僕が思わず、せっかく海へ来たんだし泳いだらと声をかけると、かすかに笑って首を降る。なら飲み物はどう、焼きそばでも食べるっていってあげてもいらないって。それでもう、後は同じ。ただただ座って座っている。何にもない。風が吹いたって雨が降ったってぴくりともしない。傘を差し出してもなぜか物腰柔らかく断られた。わけわからん。終始無表情で、座ったまま視線も動かさず、何が起きても何もないように音もなかった。結局この人は何がしたいのかよくわからなかった。
逆に、何というか騒々しい人がいて、いつもバタバタ走り回って忙しい。彼なんかはすさまじい。まず全力疾走して海に飛び込んだと思うと、海水をバチャバチャいわせながら下手なバタフライを披露する。その間中、冷てぇーっ、とか、しょっぺーわぁ、あ、鼻入った痛ってーし! なんて声がうるさい。ひとしきり満喫したのか、今度は砂浜で定番の砂の城を作り始める。よしゃいいのに、なぜか波打ち際でやるもんだから渾身の一作がすぐに崩れてボロボロになる。その度に、あーっ俺の城がぁ!? だの、え、ちょ、待って待って待ってぇっ、なんて情けない悲鳴が聞こえて来る。その割に諦め悪くまたぞろ砂をこねはじめる。いやいやそんなところでやる方が悪いだろとツッコミを入れたらなぜか逆ギレされた。意味不明。とにかくずっとはしゃいでて、やかましくて息切れしてて、でも心の底から楽しそうだった。この人は海を楽しんでると思った。
だからつまり、彼ら二人から握手を求められたら、どっちと友達になればいいのかって話なんだ。いや、どちらか片方だけじゃなくて、両方とも仲良くすればいいのかもしれない。でも、友達になるかどうかは決めなきゃいけない。海辺には僕ら三人だけがいて、他の選択肢なんてなさそうだったから。