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とつとつとしてろうとせず

ひまつぶしにどうぞ。

悟り薬

釈尊は精神的ドーピングを認めるか? これを飲めばたちまち寂滅、四苦八苦が消え失せ、揺るぎない安楽を得る妙薬があると知れば、仏陀はその丸薬錠剤を何とするか。沙門はそれを拒むであろう。自助努力によらない外的要因によって得られた覚悟に価値はないと。俺が昔から気にしているのはこのことだ。全体仏教というものは、悟りという結果を大事とするのか、それへと至る正道の内実こそ一義とするのか。
善逝のことばを今日の時代背景に即して考えるためには、科学技術の発達を考慮に入れなければならない。正確には、それに裏打ちされた人の想像力を。人間にできることだけを基盤に悟りの方法論が説かれたのだとすれば、いま現在の人にできることを基準として、その方法論は修正されなければならないのではないか? そうでないというのなら、世尊は何を最も重んじているというのか。