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とつとつとしてろうとせず

ひまつぶしにどうぞ。

自己限定と自縄自縛

今からすることはこのようなことであって、あのようなことではない。自分がなすべきはこの範疇に分類されることがらであって、そこからはみ出ることは許されない――などと考えていると、視野と自由度を狭めることになりはしないか。やりたいことをやりたいようにやるべきではないのか? ライトノベルを書きたいという若者がいたとして、彼は「ライトノベル」以外書いてはいけないのだろうか。読者は彼の作品を見て、これは『ライトノベル』とは到底呼べないから、あなたの仕事に価値はないと、ばっさり切り捨てるのだろうか(口さがないネット民ならさもありなん)。もちろん、面白い面黒いは遠慮なくいうべきであろう。ただ、作品のジャンルが分類不可能であるの一点をもって、その作品に批評の価値なしと断ずるのはやりすぎであろうと思う。読者にはそれが許される場合もあるかもしれない。しかし、作者自身がいの一番にそれをやってしまっては、何のためにはじめたことなのかがわからなくなってしまわないか。書く前からそれが純文学か大衆小説かライトノベルかを限定する必要は、少なくとも趣味人にはない。彼は彼自身が書きたいと思う「小説らしき何か」に取り組めばいいのである(もちろん、その成果の可否までは俺の知るところではないが)。
とはいえ、商業作品にはこのような理屈は通じないに違いない。俺が問うているのは趣味のあり方、それに臨む態度の是非であって、つまりはある種道徳的な問題である。