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とつとつとしてろうとせず

ひまつぶしにどうぞ。

褒めてやるから褒め返せ、という取引

誰も彼もが宣伝をしている。山々にすら客引きの呼び声が木霊する。海の潮騒はコマーシャルな劇伴に掻き消される。吹き抜ける風は耳元で新商品を呟き、降りしきる雨が道路の上にオシャレなフォントで「新発売」の文字を描く。誰も彼もが商人をしている。商人は市民であり、政治活動と自らの思想の喧伝に勤しむ。同意を求めるために笑顔を振りまき、友好の握手には山吹色のお菓子が隠されている。コミュニケーションとはおそらく、経済活動の一種だ。お金のやりとりと心の受け渡しは、パラメータをうまく選んでやることで、何かの極限において互いに漸近する。友達作りは投資の一環で、思い出作りは大事な企業イメージの醸成に不可欠である。
これは悪いことなのか? もはやそうともいいきれない。嫌悪感の表明は、自身の不明を宣伝することにすらなりうる。騒音を忌み、沈黙する人ごみに溶け込んでも、彼の責任は放棄されない。沈黙するなら主張してはいけない。主張するなら街に出て、ウグイス嬢に金を払え。どちらも嫌だなんていわせない。人間には二種類しかいない。宣伝する側の人間と、宣伝される側の人間だ。だからこそ、誰も彼もが宣伝をする。そのうちそれは宣伝ではなくなり、「こんにちは」の挨拶になるのだろう。いや、それはとっくの昔から、数ある挨拶の一つに過ぎなかったのだ。