とつとつとしてろうとせず

ひまつぶしにどうぞ。

口が回らず涙を涸らす、筆が走らず喉涸らす

心に湧いた情感を、漠然とした心象を、的確に表現し、適切に伝達しうることばをついぞ手に入れられなかったとき、なんともいえない無力感を持て余す。かような心情に疎い世人などは、悲しいのなら泣けばよいだの、楽しいのなら笑えばよいだの、ぽんと気安くいってのける。人の情緒が喜怒哀楽に尽きるというなら文学などは無用の長物である。世俗に溢れる悲喜こもごもを、二言三言の舌足らずなことばでいい表すことができると本気で信じている人などおりはすまい。涙だけが悲しみを最も豊かに表現しうる手段ではない。笑顔だけが喜びと幸福の最たる象徴ではない。まして俺の欲しいのは、曖昧模糊として己でさえ明らかでない感情を、縁取るように輪郭付けうる微妙な技芸の粋である。棚からぼた餅でそんなものに巡り合えるという思惑は画餅に過ぎる。とは申せ、胸裡にわだかまる名もない気持ちに稚拙な詩文をあてがう悪癖も止めがたい。何せ、視界に立ち現れたかくも下らぬ瑣末な事情を、我がことのように描像しうる者は、どうやら俺をおいて他におらぬようであるから。