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とつとつとしてろうとせず

ひまつぶしにどうぞ。

機嫌の悪い日は生理、という物言いの根本

肋を開かれて正気でいられる人間もそうそういない。己が太っ腹をかっさばけばピンクのはらわたがのたくっていることに気づくことの方が少ない。糞袋の畜生でしかないヒトは、普段は自分を「人間」だと思い込んでいる。しかし、人間でいられる時間、人間であるとの近似が成り立つ空間は、むしろ限られているのではないか。人の本性、正体というものは、いつでもその身の上に現れていて、その通りに行動しているのが普通なのだ。だからこそ、われわれはそのことに自覚的にならなければならない。どんな理不尽にも、無思慮無分別に見える行いにも、「生物学的」「解剖学的」「生理学的」な解釈の余地は常に残されていて、人の行いを統べる法則の一部をわれわれはすでに把握しているのだから。
思いやりとはだから、お互いのことを動物だと見なすことだ。高校はもっと化学を熱心に教えるべきなのだろう。つまりそれはヒトがいかに「人間」に化けているのかを教えてくれる学問なのだから。人とヒトとの瞬間的な往来をこそ、われわれは「輪廻」と呼ばなければならない。それは死後の世界を語る妄想ではなく、現世に生きる人間の処世術の基礎を支える心理学上の大理論なのである。