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とつとつとしてろうとせず

ひまつぶしにどうぞ。

四半世紀

四半世紀が過ぎ去った。現代的な基準からすれば、それは人の生涯の四分の一に相当する。ホールケーキの四分の一は、一人あたりの分量としてはちょっと多い。浴槽の高さの四分の一だと、半身浴にもまだ遠い。テストの点数が四分の一だと、文句なしに補習確定。四分の一が利子だといわれたら、消費者金融を疑うしかない。いいにしろ悪いにしろ、四分の一は割合としては大きく思える。
四半世紀が過ぎ去った。結果だけ見れば、それはお前の一生の一分の一だった。二十五年と聞くと長い気もするが、二十五歳というと短く感じる。二十五年もあれば何ができるだろう。がんばれば嫁さんの一人や二人もらえるだろう。子どももいくらか育つだろう。二十五年分の酒が飲めて、二十五年分の飯が食える。二十五年も経てばまた、片手の指ほど逝くだろう。
四半世紀が過ぎ去って、俺たちはこの後も歳を数える。けれどもお前はもう歳を数えない。顔にできたシワや抜け毛の数も数えなくてもいいというのは、いいことなのか悪いことなのか。すべての喜びから引き離された代わりに、すべての悲しみを免れた。いや、いや。お前にとってのいい悪いを、俺が考えるのもおかしな話だ。
四半世紀が過ぎ去る今、俺の一分の一は人の何分の一かとふと思う。今日はお前の顔を思い出しながら、そのことについて考えよう。その内眠ってしまうのだけど、そのときまでは考えよう。それぐらいで手を打っちゃあくれんかな。学童仲間のよしみじゃあないか。