とつとつとしてろうとせず

ひまつぶしにどうぞ。

2013-07-01から1ヶ月間の記事一覧

なんとなくだが

「哲学」ということばが「信念」や「人生観」といった意味で使われていると違和感と少しの不快感を覚える。「あの人の経営方針には哲学がある」とか「君も仕事に哲学を持って働け」みたいな文言を見聞きすると眉をひそめるのを止められない。なぜ信念でも人…

新装版の居心地の悪さ!

半年遅れで『翼の帰る処』の新刊に気づき購入。幻狼ファンタジアノベルスからのレーベル移行につき新装版に変わったらしい。なんともまぁ分厚くなったものだ。文字のそれはともかく、全体のサイズが大きくなったのは持ちづらくなったのであまり歓迎できない…

共有されてはならない感覚

蟻が蟻のように勤勉に労働に勤しむことができるためには、蟻は己が蟻であることを忘れているのでなければならない。機械が一個のシステムとして完成するためには、歯車が所定の位置にぴたりとおさまり、効率的に動力を伝達するのでなければならない。キリギ…

理想の平坦さ

理想主義者が描く境地は平坦すぎて気持ち悪い。世界はもっと不均一で、非一様で、非等方的で、不連続で、非線形なものに溢れている。美しさも醜さも、きれいさも汚さも、それが画一的であるならば、それはハリボテの嘘っぱちでしかないのだ。 ハァ、もっとで…

信仰を諦めるための記述

自分が何を信仰の領域に属する問題と見なし、それらに対してどのような態度表明が必要であると考えているか——それを明らかにするためには、まず自分が何を信じているのかを知らなければならない。ここでいう「信じていること」とは、自身の思考や生活の根本…

宗教と道徳の暴力的類似

史実を鑑みるまでもなく、宗教は暴力的である。宗教の主張が互いに矛盾することが可能な類のものであり、しかもそれを放棄することが生命財産を放棄することにも等しいものである限り、宗教対立の最終手段は紛争に訴える以外にありえない。だから、宗教を暴…

認識の生

その背を打ち据えられ、地面に押し倒された男を、私は知っている 多くの者から怒号を投げつけられ、憤りとののしりの指弾を受けてなお、薄い気味悪い笑顔を貼付けたままの男を、私は知っている 男の不正と無秩序を糾弾し、大挙して男を責め立てる彼らは、や…

無意味という意味の拒絶は何を意味するのか

人の生は無意味である、との信仰に没することは容易い。俺のような人間にとって、それは快い救いのことばである。ところで、不可知主義によれば、生の無意味を断定的に説くことは生に対する外的な意味付けに他ならず、とどのつまり生の有意味を説くことと同…

注意

これで何度目かもう忘れたがまたぞろブログを開設する。いずれ飽きたときに消す。あるいは俺の精神が安定したらやめる。それまではどうぞよしなに。 記事のほとんどはうさん臭いきな臭い青臭いの三拍子揃ったものばかりになるだろう(ちなみに中二臭いも含ま…