とつとつとしてろうとせず

ひまつぶしにどうぞ。

2016-01-01から1年間の記事一覧

空気

空気はなくてはならないものだ。空気は声を届けるからだ。心の震えが喉に伝わり、喉の震えを空気が運び、まだ見ぬ供の鼓膜を揺らす。空気がなければ、誰にも声など届かない。どれだけ喉を嗄らしても、どんなに力を込めたとしても、馬の耳さえそよともしない…

塵積もる

賢しい人は十五も数えぬ内から賢しい。愚かな人は五十路を過ぎても愚かなままだ。積み重ねた時は、そのまま素直に高さを上げるわけでも、重みを増やすわけでもない。血と熱と力の伴わない履歴の経路に、蓄積される質量の嵩は知れている。無為に流した時空に…

居所

哲学者の神は儀式の手順について語らない。生活様式の細かい指定も、民族文化が発展すべき方向性についても教えてくれない。一方、民衆の神は世界の神秘を語らない。存在の本質も、道徳の起源とあるべき姿についても、欠片ばかりのコメントすら呟かない。 信…

寄与の有無

通念に反し、哲学と概念工学が等しいものでないことは明らかである。しかし、哲学が概念を用いて行われる営みであるならば、概念工学の理論ないし成果を取り入れることはありうることであるし、それによって従来の帰結や了解が少なからぬ変更を被ることもま…

溜息

無神論者が必ずしも不敬虔でないことはスピノザが見事に論証しまた自ら体現した。逆にいかなる有神論者も不義暴虐をなしうることは昨今の世情と過去数千年の歴史がまざまざと物語っている。無神論者の犯罪者は当然存在するし、無神論者の慈善家も当然存在す…

ねつがくのちからってすげー!

熱学思想の史的展開〈1〉熱とエントロピー (ちくま学芸文庫)作者: 山本義隆出版社/メーカー: 筑摩書房発売日: 2008/12/10メディア: 文庫購入: 2人 クリック: 28回この商品を含むブログ (23件) を見る熱学思想の史的展開〈2〉熱とエントロピー (ちくま学芸文…

希うもの

ああ、まったくもって本当に、上手い文章というものを書いてみたい。書きたい。面白い文章が書きたい。ユーモアの光る文章が書きたい。含蓄のある文章が書きたい。人の興味を惹く文章が書きたい。書きたい。自分がいままで読んできた、震える程にすごいと感…

寂静

どんなに耳を澄ましても、あなたの声は聞こえない。どれほど両目を凝らしても、あなたの顔は見つからない。ガラガラとうるさい街の喧騒に、ギラギラとどぎつい電飾の点滅に、あなたは何も残さない、何も謳わない。望みもしない宣伝ばかりがどよどよと押し寄…

科学史っておもしろいよね

科学の発見作者: スティーヴンワインバーグ,大栗博司,Steven Weinberg,赤根洋子出版社/メーカー: 文藝春秋発売日: 2016/05/14メディア: 単行本この商品を含むブログ (10件) を見る図書館にあったので読んでみた。ワインバーグ大先生と大栗先生の名前に釣られ…

困惑

自分がやることを思いつきもしないようなことを他人が平気でやっているのを見たとき、声を荒げて怒ったり、何も言えずに泣いてしまったり、他人事のようにニヤついてみたりする前に、刹那であっても人は驚いているように思う。常であればすぐさま怒りや悲し…

燠火のごとく消えぬもの

輝く呼び声が薄れ遠のき、禊(みそぎ)のみなもとの水涸(みずが)れた今となっても、人の心を戒め、揺動惑乱を生ぜしめる畏れは未だに心臓を走っている。蓋(けだ)しそれはすでに朽ち落ちた古の似姿を象(かたど)り、朧な影となった威力を鮮やかに縁(ふ…

詠みやすい文章

噺家の語りなんぞを聞いていると、惚れ惚れするほど歯切れよくことばを繋いでいく様に毎度感心してしまう。湯水のごとくことばを吐き出すなんてのは、少しばかり口が達者でありさえすれば素人様にだってできる真似だが、聞く者が思わず溜め息を吐いてしまう…

LaTeXiTがおかしいときは

自分用の備忘録。 LaTeXiTを使っていて、タイプセットはできるのに出力画像が真っ白で何も表示がないという状況になったので、今の今までずっと放置していた。今日になってまた使いたくなったので原因を調べてみたところ、アップデートによってコマンド設定…

人を殺さば鬼となり、鬼を殺さば鬼となる

徒然草にこういう一節があるそうだ。 人の心すなほならねば、偽りなきにしもあらず。されども、おのづから、正直の人、などかなからん。己れすなほならねど、人の賢を見て羨(うらや)むは、尋常なり。至りて愚かなる人は、たまたま賢なる人を見て、これを憎…

自然化されえない領域

いかなる哲学も自然化されるべきである、とまではさすがの自然主義賛同者たる俺でもいえない。少なくとも独我論、すなわち純粋な実在論の領域は、いつまでも自然化されえない領域として残るであろう。なぜならそこは科学が成立する前の「手付かずの世界」で…

政に似て非なるもの

いきなり肩を叩かれて、振り返ると知らない人が立っている。彼はなぜだかにこやかに、片手を上げて挨拶をする。「スマーハ! アリンジャ・ニメロン?」――そんなことばは聞いたこともない。そもそも顔も見たことのない人間に聞き慣れない言葉を投げかけられる…

涸れた心根

濡れそぼったような情緒、あるいは永遠不変なる人類の普遍的価値観とやらを、全く意に介さない乾いた精神が存在すると俺は信じる。育ちのよいお嬢様、すなわち件の思想にどっぷりと浸されて育まれた魂が、涙ながらに声を嗄らし、鼻水垂らしてその翻意を説得…

恐怖! 謎の微分方程式!?

先日、こんな出来事があったそうだ。 breaking-news.jp ニュースの内容も気にならないではないが、個人的には件の教授が書いていたという方程式の内容の方が気になった(一時間近くこれについて調べてしまった程度には)。とくダネ!で紹介されたところによ…

髪の長いの短いの

髪の長いと毛先が曲がる、はねる、逆立つ、くるくる回る。目ん玉擦るしすだれも邪魔で、洗うも拭くも一苦労。手櫛じゃどうにもまとまりつかず、壁や隙間に挟まり抜けて、悲しい痛みが乗っかかる。 短い髪なら手入れもいらず、洗う手間なぞないも同然、濡れて…

訪うもの

その声は、次第次第に大きくなり、厚みを増しては家の周りにとぐろを巻く。最初は薄靄のようだったのが、段々段々と形を得て、なんとはなしに姿の見えるようになる。細かったそれは太くなり、軽かったそれは重くなり、触れもしなかった遠くの陽炎から、じり…

次数の異なる2つの変形Bessel関数の比の近似

はじめに 変形Bessel関数はBessel関数と同様、円柱座標系や平面極座標系における偏微分方程式を変数分離法によって解いたときの半径方向の分布を表す関数として知られている。たとえば、平面極座標系$(r,\theta)$における変形Helmholtz方程式 \[ \paren{\nab…

銅(あかがね)の翼は射殺(いころ)された。輝く無数の石火矢が狙い違わず撃ち抜いたのだ。鏑(かぶら)を吹き鳴らし、螺旋を描いて墜落する巨体を、連なる峰々はこぞって串刺しにした。清らかな鮮血が天地(あめつち)の間を立ち渡り、健やかな断末魔がわ…

ゆるし

「人の生には意味がある」「生まれてきたのには理由がある」と主張する人々は、逆説的に「意味のない生には価値がない」「理由もなく生まれてくるべきではない」ということも同時に主張している。彼らはなぜか「ゆるし」がなければ生命は存在してはいけない…

孤児

お父さんがいないなんてかわいそうね、と親戚のおばさんがつらそうにいった。お母さんがいなくてさみしいだろうに、と近所のおじさんは悲しげだった。気をしっかり持つんだ、と学校の先生は励ましてくれた。みっちゃんとりょうくんは何もいわずに、大事にし…

空白

私を縛り付けるものは脆く崩れる灰の縄、私を鞭打つものは虫に喰われた朽木の欠片。私の両目を覆う薄布には穴が空き、私に宛われた耳当てはひどく風通しがよい。私を怒鳴りつける男は死にかけの老人で、私を見張るはずの男は高鼾をかいて眠りこけている。私…

なまぐさい

坊主が罪を許せずして誰が罪を許すのか。まして出家の身でありながら周囲の反対を押し切ってまで縁を結んだ己が細君を許せぬというなら、もはや坊主とも呼べぬただの狭量であろう(清濁併せ呑む一休和尚ならそんなことはいわなかったろうに)。最も世襲が許…