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とつとつとしてろうとせず

ひまつぶしにどうぞ。

狂気を忘れることは狂気か

哲学的思考、いい換えると、いわゆる「愚にもつかない誇大妄想」じみた話に対して、ほとんど病的なまでに嫌悪感を示す人がいる。彼らはそういった類の話を聞かされてもまったくといっていいほど理解できないし、その手の話に理解しようとする努力をするだけの価値があるとも思っていない。彼らにとってそれらはクソほどの価値も持たず、そんな話を振ってくる人間と関わり合いを持つことは時間の浪費以外の何物でもないと考えている。彼らはある種の潔癖症で、それらの馬鹿げた話を徹底的に拒絶することで自身の精神衛生環境を好ましく保つことができると信じているのだろう。
俺が心配しているのはこのことだ。狂気を排除し、狂気を忘れようとするその態度は、すでに新たな狂気の中にあるのではないかということ。もっというなら、人は何かしら狂気的なものを自身の中に持っていないと生きていけず、定期的にそのことに自覚的になるべきなのに、そうしないでいることはさらにひどい精神疾患を患うことになりはしないかということだ。痛みを感じない人間が自身の傷病に気づけないように、恐怖を感じない人間が馬鹿げた蛮勇で命を危険にさらすように、自分が持つ狂気的な部分を客観視できないことは、より質の悪い狂気に身を落とす原因になりはしないかと、俺は気をもんでいるのである。