とつとつとしてろうとせず

ひまつぶしにどうぞ。

僥倖に窒息する

身近に何かに秀でた人がいることは幸福なことであり、同時に不幸なことでもある。目近でその辣腕が振るわれる様を見られることは単純に眼福であるが、翻ってその才気のほとばしりは、凡庸非才極まりない我が身の虚しさをまざまざと明らかにするからである。まったく非対称な対照によって、興奮と消沈、賞賛と自己嫌悪が幾度となく繰り返し訪れ、凡人の精神は疲労によって破断する。灯火に焼かれる虫の例えの何が悲しいといって、炎の犠牲となる者が蛾と同列に扱われることだ。眩い光、胸躍る熱気の周りをただフラフラと飛び回ることしか許されぬこの身は脊椎動物ですらない! しかし、それでも俺は俺を幸福であると信じる。蛾にとって焼死は本望である。暗闇と冷気の中で衰死するより、火災の只中に己が心を投げ込む方が余程快い。少なくともここは明るく、暖かい。逃走による勝利が冷たさと孤独しかもたらさないのだとすれば、俺は敗北と引き換えに安楽死を選ぶ。